エリナは音に対して回り込もうとする凪を巧みに誘導する。
「おい、こっちに向かっているけどそれは狙い通りなのか?」
「もちろんダ」
どうやら直接対決するつもりのようだ。勝てるのか知らないけど。
「明日見、凪が交差点に入ったら最後にこの携帯を鳴らして向かいのガソリンスタンドに誘導してくレ」
エリナは俺に番号を入れ終わった携帯を押しつけ、自分は店から出て行ってしまった。
「明日見くん、どうなるんだろうね?」
若干心配そうな桐谷さん。
俺だって心配だよ。いい加減かえらないと、夕飯の支度が間に合わない。
「あ、ねえそろそろじゃない?」
桐谷さんが画面を指す。
凪はちょうどガソリンスタンドのある交差点、つまりほぼこの店の前に到達していた。
「店の中でご対面はイヤだな」
俺は携帯の発信ボタンを押す。
えっ――。
なんと、すぐ目の前の携帯が鳴っているよ!
聞いてないぞ、こんな話。
もし、今までとは逆に音の発信源を確かめに来たら……。そのときはエリナ抜きで凪とご対面だ。
店の前で少し考えている凪。
すぐ後ろで、桐谷さんが硬くなっているのがわかる。
頼む、桐谷さん。今はボケないでくれ!
俺の願いが通じたのか、凪は店内探索をすることはなく、横断歩道を渡りはじめた。
そのとき――。
「マジカ……!?」
ぷしゅーっ、というエアブレーキの音と大排気量のディーゼルエンジンの音。
ガソリンスタンドから凪をめがけて、タンクローリーが突進してきた。
「ねえ、明日見くん! 運転席!!」
「エリナ、何やってるんだ!?」
そう。
タンクローリーの運転席には、エリナがすごくいい笑顔で乗っていた。
ぱっぱーという、独特の警笛をならしつつ、凪をひき殺しにかかる。
凪は逃げようとはせず、鈴を構えて何か呪文を唱えているようにもみえた。
鈴で空を切り、何か唱える凪。それを警笛で妨害しつつひき殺そうとするエリナ。
なんてひどい魔法戦争だ……。
× × ×
「痛い、痛いゾ。もっと丁寧に!!」
「へいへい。桐谷さん、あとヨロシク」
「はーい」
結界から無事に脱出できた俺たちは、こうして家に帰りついた。
ま、エリナは火傷を負って治療中だけど。
「しかしまあ、よくそれだけのケガで済んだな」
あのあと。
凪が鈴を振ると、雷が落ちた。
そりゃもう、狙い澄ましたようにタンクローリーに。
車自体は雷など何ともない。むしろ車内にいるエリナは安全で、近くの凪の方が危険だろう。
もっともそれは、エリナがタンクローリーからガソリンをばらまきつつ走ってこなければの話で。
実際は、一面火の海となり、エリナも凪も命からがらで逃げてきたのだった。
「それじゃ、火傷したところみせて」
「……」
俺は客間で横になっている少女に声をかける。
そう。凪だ――。
「あの……。ありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
「お礼に、これからはエリナに代わって私が身の回りにお手伝いをいたします」
凪さん、なんか三つ指ついているよ?
「いや、別にエリナはそういうことのために泊まっているんじゃないよ?」
「あああーっ!」
すごい声がして、俺が振り返ると桐谷さんが叫びのポーズで立っていた。
「明日見くんが、今日知り合ったばかりの子にご奉仕させようとしているぅー!」
「すごく語弊があるな。そのいい方」
そのようなわけで、ますます俺の周りは賑やかになっていきそうだ。
了